昭和2年3月、横浜高商第一回生が卒業するとともに「横浜高等商業学校同窓会」が設立されスタートした。昭和12年に当時の田尻常雄会長(母校校 長)が同窓会を「富丘会」と命名し今日にいたる基礎を確立。
その後、戦争中の不幸な中断はあったが、昭和21年には早くも再建の緒につき、2、3年にして、現在の富丘会の原型が形づくられた。
一方、母校の歴史を簡単にふりかえってみると、横浜国立大学経済学部、経営学部の前身である横浜高等商業学校の設立許可が大正12年12月10日 にあり、翌年の大正13年4月に第一回の入学式がおこなわれた。大正15年3月には、清水ヶ丘に鉄筋コンクリート建ての白亜の美しい校舎の竣成をみた。
昭和19年3月、戦時学制改革により校名を横浜工業経営専門学校と改称したが昭和21年3月横浜経済専門学校になり、さらに昭和24年には戦後の 大学制改革により横浜国立大学となった。その後、昭和42年6月に経営学部が分離独立し、昭和47年、経済、経営両学部に大学院修士課程が設けられた。
昭和49年8月には清水ヶ丘から保土ヶ谷区常盤台キャンパスに移動し全学統合が成った。その後、大学院大学として一層の充実がはかられ現在にい たっている。
以上のような母校の変遷にともない、富丘会活動も活発に行われてきた。 大学昇格に先立って行われた図書充実資金の募金、昭和30年代前半における学園緑化運動の推進、昭和40年代に入っての保土ヶ谷常盤台への全学統合計画に 対する協力な どを進めてきた。
そして、昭和49年12月同窓会活動の基地として長年の念願であった富丘会館の開設と、これに伴う事務局の独立が渋谷青山地区に実現するにいたっ た。 当会館は、大ホール、ラウンジ等を備えたレストラン形式の会館で各種の研修会、講演会が頻繁に開催され会員相互の交流が活発に行われた。しかしながら開設 後10数年たち、 会館維持の困難さが増大し、募金による基金にも影響をおよぼす事態になり、平成元年には閉館に踏み切った。
一方、富丘会の長年の課題であり、検討を重ねてきた法人化の問題については当局との粘り強い交渉の末、平成2年11月1日この基金をもとにした財 団法人として認可をうけ、念願の「財団法人富丘会」が設立された。
法人化後の富丘会では、従来にも増して富丘会本来の目的である同窓各位の親睦と知識を深めるため、毎年の総会開催、会報の編集、発行、名簿の編纂 等の継続的な活動を行うとともに、母校教官の優れた研究活動に対する顕彰など母校発展のための支援ならびに地域経済の発展に寄与していく活動をおこなって いる。
投稿者:fukyukai 投稿日時:2010/01/25
Posted in
